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灯す力(ちから)
磯部はじめて物語

第2話挑戦

 今回は和ろうそく職人になって2年後、磯部亮次、28歳の頃のお話です。

 和ろうそくの製造技術も身についてきました。父の体調も少しずつ回復してきて心に余裕ができてきました。その頃から和ろうそくの未来を考えるようになってきました。

 時代はバブル景気を迎えようとしていました。好景気の流れの中、和ろうそくには良い流れはやってきませんでした。それどころか、工場で大量に製造できる洋ろうそくに仕事を奪われていきました。

 時代と共にろうそくを一般家庭では使わなくなり、神社仏閣、仏壇などに使うだけとなりました。完全に逆風。このまま何もしないでいると和ろうそくは無くなるのではないかと思うようになりました。

 どうすればいいかと悩む前に「ダメで元々」だと、アポなしで行政に飛び込みました。そこで愕然とします。数百年もつづく日本の伝統である和ろうそくを支援する窓口が、国にも、県にも、市にもなかったのです。国指定や県指定、市指定の伝統的工芸品や伝統工芸に認定してもらうには組合という組織を作らなければならないというのを行政の人から聞き、全国の和ろうそく職人を調べて電話をかけたのですが、20代の若造の言うことを聞いてはくれませんでした。

 人をまとめるには自分を信頼してもらえるような実力を付けなければいけないと感じ、まず個人でできる事を模索しはじめました。彼が始めたのが実演販売。知り合いを通じて和ろうそく職人で初めて百貨店での実演販売の場所を見つけたのです。お客さんが沢山あつまる百貨店の催事場で実際に手作りの和ろうそくを作って見せ、そして、自分の作った商品の素晴らしさをお客さんに説明してきました。彼と会話をするお客さんは喜んで買ってくれたのです。全国を転々としながら、見せることの大切さ、語る事の大切さをお客さんから学ばせていただいたのです。

 新しい販売方法以外にも、日本一大きな和ろうそく作りにも挑戦しました。誰もやった事のないサイズの製造は毎日が手さぐりでしたが、父親と会話をしながら創意工夫して製造したことは良い思い出になっています。

 テレビや新聞などの取材は積極的にうけるようにしました。それまで地元の人も岡崎で和ろうそくを作っている事を知らなかったのが、少しずつ変わり始めました。縁遠い物から身近な物へ、行動が結果となって現れるようになったのですが、業界が変わることはありませんでした。

やはり一人だけではダメだ。

同じ志を持った人たちとグループを作りたいと磯部は真剣に考えはじめたのです。

第3話「匠の仲間」につづく

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2016年10月17日(月) 岡崎市議会議員一般選挙にていそべ亮次初当選いたしました

いそべ亮次 岡崎市議会議員一般選挙にて初当選
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