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灯す力(ちから)
磯部はじめて物語

第4話おかざき匠の会


 今回は磯部亮次が発起人の一人(初代会長は石工職人)としてスタートした異業種職人集団「おかざき匠の会」のお話です。2001年に正式に団体となった「おかざき匠の会」は情熱の塊でした。各種組合や団体に所属している若手職人たちは、時代の流れを何となく肌で感じていました。

「何かアクションを起こさなければ、自分たちの未来はない」

という感覚のある職人の受け皿にもなっていたのです。当然ながら個性のある職人を束ねるのは容易ではありません。しかし、物を作っている者同士、一杯酌み交わせば、共通の話題が見えてくるものです。他業種の先輩職人と一緒に岡崎の職人を盛り上げていきました。

 2004年にとある誘いが「おかざき匠の会」にやってきます。次の年に開催される愛知万博に出展しないかという打診です。この誘いに会の意見は二つに割れました。当然ながら立ち上げて間もない匠の会では時期尚早であること、予算や日程調整をどうするかという現実的なこと、大きすぎるイベントに参加する不安はメンバー皆にありました。しかし磯部は何が何でも出展すべきだという考えでした。実績もない職人集団が万博に出展できるチャンスは今後来ないはず、参加を決めれば困難は沢山あるだろうが、その後に大きな自信になるのは間違いないはずです。

職人の多くは表にでなくても良かった。商品だけを作っていれば、商社が売ってくれる。しかし、そんな時代は終わっているのです。自分自身を自分がプロデュースする時代がやってきています。匠の会のメンバーの肩書きに「愛知万博出展」と書くことができれば、職人たちの今後の人生に大いに役立たせることができると確信していました。陰ひなたにいてばかりの職人を主人公にさせる事を目標として万博出展を訴えたのです。

 動き出したら止まらない。万博にむけて海外のアーティストと匠の会のメンバーとで共同作品を作成したり、展示方法を考えたり、そして支援してくる人を募ったりと仕事の合間をぬって情熱を傾けました。振り返えってみれば、全てが楽しい思い出です。万博出展を止めておけば楽でした。あの時、きっと楽をしていたら、今頃「おかざき匠の会」は存続していなかったかもしれません。常に情熱を傾け、創意工夫をすることで人は成長していくのです。それを仲間とともに体感できたのです。

 磯部には夢があります。

 “職人の地位を高めたい”

という事です。行政の方々と各種イベントを一緒にやるようになったことで職人の立場も少しずつ理解してくれるようになりました。しかし、まだまだです。岡崎に居た手作りでつくる線香花火の職人さんがお亡くなりになった時に行政の人が寂しげに

「岡崎の風物詩が一つ無くなっちゃいましたね」

と磯部に言いました。その言葉に腹立たしさを覚えたのを今でも覚えています。岡崎市にとって大切な物だと分かっていたなら、何故生前に手をうたないのだろう?守るべき価値のあるものならば、後継者育成などを支援すべきだったのです。もう同じような事をさせたくない。職人を岡崎市の観光資源にすることができる。そんな思いを少しずつ感じていくのであります。

 今回のお話はここまで。少しずつ灯だした情熱のあかりについてはまた次の機会に。第5話 「あかりの仲間」につづく
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